バレンタインなので、アーモンドチョコレートケーキを作りました。
ウィローパターン再び
久しぶりに、NIKKOの「山水」でティータイム。
2015年4月16日の日記で、詳しく紹介しましたが、ウィローパターンのティーカップです。
NHKの連続テレビ小説「あさが来た」を毎日見ているんですが、美和さん(三味線のお師匠さん)の洋食屋さんで、ウィローパターンのティーカップが使われていますね。
英国で大流行し、明治時代に日本でも流行ったウィローパターン。
我が家のNIKKO「山水」は50年ほど前のものですが、私も美和さんのお店にいる気分で、美味しくいただきました!
我が家にも、新次郎さんや五代友厚さんが来てくれたら、最高なんですが…。
節分
江戸東京たてもの園
先日の博物館巡りの続きです。
2館目は「江戸東京たてもの園」に行きました。
展示室では、「江戸東京たてもの園」のルーツである「東京郷土資料陳列館」についての展示が行われていました。
「東京郷土資料陳列館」(有栖川宮記念公園)→「武蔵野博物館」(井の頭自然文化園)→「武蔵野郷土館」(小金井公園)→「江戸東京たてもの園」(小金井公園)と博物館は受け継がれてきたそうです。
同園の展示室はコンパクトですが、定期的に企画展を行っており、充実していて面白いです。
展示室を出て、皇居に設置されていた午砲を眺めていると、ガイドさんが「当時は高い建物がなかったので、23区全域に聞こえた」と教えてくれました。
江戸時代の不定時法から、明治の定時法に変わった際に、人々に正午を知らせた午砲。
もちろん空砲です(笑)。
まだ、庶民に時計が行き渡っていない時代です。
江戸時代は城の「時の太鼓」や寺の「時の鐘」で時間を知らせていたそうです。
ところで、江戸時代の時間はどうなっていたかというと…。
1日を12分割し、干支を当てはめていたそう。
「草木も眠る丑三つ時」とか、良く聞きますよね。
ざっくりですが、図を描いてみました。
また、「時の鐘」の数からくる「暮れ六つ」や「明け六つ」の呼称もありました。
一刻の長さはおおよそ2時間です。
しかし、日の入り、日の出に合わせた不定時法が日常生活では使われていたため、季節によって、一刻の長さが変動したそうです。
江戸の不定時法とは日の出と日の入りを基準に昼夜をそれぞれ六等分するもの。
ざっくりした図で申し訳ありませんが、季節との関係は、おおよそこんな感じ。
ファジーですね。
ちょっとうらやましいかも(笑)。
江戸から明治への変化は、洋装や洋館など、目に見えるものだけでなく、見えない多くの変化があったことが伺えます。
前川國男邸の前では梅が咲き始めていました。
暖かい日とはいえ、園内を散歩するのは寒く、疲れもあったので、デ・ラランデ邸でランチを頂いて帰りました。
静かな奥の部屋に案内していただけて、ゆっくり過ごせました。
GAS MUSEUM
昨日の東京は、晴天!
とても暖かく、体調も良かったので、久しぶりに博物館巡りをしました。
まずは、お気に入りのGAS MUSEAMへ。
これは、ガスマントル使用のガス灯です。
GAS MUSEUMのガス灯は単なる照明ではなく、「屋外展示」なので、昼間でも、灯りがともっています。

これは、横浜に初めて設置された初期のガス灯(移築)です。
「魚尾灯」と呼ばれた裸火の炎が再現されています。
ざっくりしすぎた絵で申し訳ありませんが、上図の〇で囲んだ部分に注目してください。
初期のガス灯は、裸火の炎の形が魚の尻尾に似ていたことから「魚尾灯」と呼ばれたそうです。
メジロも博物館に来館(?)して、久しぶりの暖かな日を楽しんでいる様子。
館内では、「錦絵にみる明治のイベント風景展」が開催中でした。
「気球実演試験」を描いた錦絵や上野で開催された「内国勧業博覧会」の錦絵などが展示され、明治のイベントの様子が伺えます。
NHKの朝ドラ『あさが来た』の時代に興味のある方には楽しい展覧会のはず。
昨日は、もう一つ小さな展覧会をハシゴしました。
その様子はまた次回。
ユズ/ビワ葉
右近と利休
昨年末、クリスマスのお茶会にお招きいただきました。
茶道の先生に、古曽部焼のお茶碗で、お茶をたてて頂きました。
お抹茶を、飲み干すと、底から十字架の模様が現れるという、お茶碗。
クリスマスらしい演出でした。
古曽部焼の産地、高槻は、かつて、キリシタン大名の高山右近が城主でした。
お茶碗の底の十字架は、隠れキリシタンの十字架を彷彿とさせました。
私は、子供のころ高槻に住んでいた時期があったので、懐かしく、高山右近のことを思い出しました。
歴史クラブに入っていた母と共に、かつての高槻藩領にあった隠れキリシタンの里(現茨木市内)を訪ねたり、民話の会で高槻の昔話を聞いて育ちました。
そこで、右近をイメージして作画。
高槻城跡公園には右近の像があります。
立位の絵は、そのポーズをまねて作画しました(イメージ)。
高槻以外にもマニラや金沢等、高山右近ゆかりの地にも像があるそうです。
千利休の高弟でもあった高山右近。
私にとって「描く」ということは、「向き合うこと」「見つめること」。
右近と利休と向き合った、数日間でした。





























