ミステリーツアー。 二つ目の場所はロンドン。
かつて「一丁倫敦(ロンドン)」と呼ばれた場所。
蘇ったんですね〜。
できればオリジナルを見たかったけど、
でも、時間を越えて、蘇ってよかった。
この辺りはかつて、赤煉瓦のオフィス街でした。
「その1」のお屋敷と、ご縁のある建物です。
どんなご縁かと言うと・・・・。
・・・また、続きは、「その3」で。
ちょっぴり、朝、夕は涼しくなってきましたが、
まだまだ、暑い日が続いてますね。
脳みそ溶けないのが不思議だ・・・。
エアコンが苦手な私は、
部屋の中も、ちょっと動くと暑いです。
(倒れない程度に冷やしていますけど)
・・・・「そうだ、どこにいても暑いなら、
こんな時こそ旅行だ〜!!(?)」と、
某日、秘密の場所に時間旅行に行って来ました。
いや、全然秘密になってない有名な場所ですが(笑)。
とあるテーマを辿って、
のんびり宿泊しながら巡って来ました。
・・・いえ、近くなんですが、
暑いし、日帰りで体力消耗したくないと・・。
・・・って、いうか、遠出する資金がないから
近場で旅行気分を楽しもうっていうか・・・。
スタートはこちらのお屋敷。
さて、何をテーマに巡っているでしょう?
詳しくは、徐々に明らかに・・・?
(ミステリーツアー・その2へ続く。)
ふう・・・・(暑い)、
今日はこの辺で・・・。
東京国立近代美術館(工芸館)に行って来ました。
色ごとに分けられた、
着物や壺、美しい工芸品が
展示されていて、見ごたえありました。
逆光で、撮影に苦労しましたが、(笑)
ヨーロッパのお城みたいなこの建物は、
明治43年、陸軍技師 田村鎮の設計により、
近衛師団司令部庁舎として建てられたもので、
1970年代に保存活用工事が行われ美術館となりました。
建物にも興味があって、訪れた工芸館。
明治時代の官庁建築って、こんな感じだったんだそうです。
丸の内とか、霞ヶ関に昔はこんな建物が
沢山あったんですよね。
時代によって、あるいは、
日本の歴史をどうとらえるかによって、
壊されたり、保存されたり、
建物の価値や扱いは、変わるものだけれど、
こうして観ることができてよかった。
その時代のいろんな思いを感じる。
長く、放置された時代を経て、
現在は、重要文化財になっている工芸館です。
某日、東京国立近代美術館に行って来ました。
「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」展は
7人の建築家達による美術展。
珍しく写真撮影オッケーの展覧会でした。
ルールを守ればブログにもアップして良しとの事だったので、
作品の一部をご紹介します。
アトリエ・ワン
《まちあわせ》
「建築はどこにあるの?
7つのインスタレーション」
東京国立近代美術館
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中村竜治
《とうもろこし畑》
「建築はどこにあるの?
7つのインスタレーション」
東京国立近代美術館
左下:伊東豊雄 《うちのうちのうち》
「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」
東京国立近代美術館
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![]()
右上:中村竜治 《kuma》
「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」
東京国立近代美術館
作品は、内部に入り込んで体感するものや、
逆に、入れそうで入れないもの、
ガリバーになった気分になるもの、
観客もアートと一体化するもの、
異空間を感じたり、細かさに驚いたり。
立体の美。
無駄のない美しさ。
建築は3Dだから、背中でも感じた。
作品に包みこまれる感じでした。
体感型のちょっと異質な美術展で面白かったです。
絵画は2Dで
視界いっぱいに広がる感じだし、
(・・・ずっと観てると、飲み込まれるけど)
文学は胸を突き抜ける。時折、突き刺さって留まる。
それぞれに違いがあって面白い。
美術館のカフェで休憩。
陽射しが強かったので、
外のテラスはあきらめました。
ランチタイムを過ぎたカフェは
静かで穴場でした。
疲れたので、ちょっと休憩。
そして、この後、工芸館へ・・・。
・・・工芸館の日記はまた。
8月某日。
少し陽射しが弱くて涼しかった日に、
横浜開港資料館に行って来ました。
デジカメを持っていくのを忘れて、がっくり。
画像が悪いけれど、ケータイのカメラで撮影しました。
横浜開港資料館はお気に入りの場所。
写真の旧館は旧英国総領事館で、昭和6年(1931)に建てられたそうです。
蔦の絡まりぐあいが、いい感じだな・・・。
この日は、「横浜山手 コスモポリタンたちの1世紀」展を観てきました。
そして、帰り道、すぐ側の横浜税関(通称クィーン)にも、ふらりとお邪魔。
ずっと、入ってみたくて機会を逃していた、
クィーンの広場に行って来ました。
偽造ブランドグッズあてクイズ(?)が面白かった。
過去にキング(神奈川県庁本庁舎)と
ジャック(横浜市開港記念会館)も アップしてるから、
これで、このブログにも横浜三塔がそろった事に・・・。
7月某日、湯河原へ行って来ました。
目的は温泉。
そして美術館。
この川のほとりに
かつて名だたる作家や画家、
文化人達が愛した、由緒ある『天野屋』という
旅館がありました。
階段などに、僅かに、古き佳き時代の面影を残す
かつての「天野屋」本館は、
現在『町立湯河原美術館』となり、
文藝春秋の表紙でも有名な日本画家、
平松礼二さんをはじめ、
湯河原ゆかりの作家達の
作品を展示する美術館となっています。
そこで、竹内栖鳳の絵を見てきました。
竹内栖鳳は、
「東の横山大観、西の竹内栖鳳」と謳われた
戦前の京都画壇を代表する日本画家です。
今から15年程前でしょうか、
ご縁があって、京都の嵯峨にある
栖鳳の別荘、「霞中庵」に招かれ、
数多くの栖鳳の絵を見せて頂いた事がありました。
それ以来、栖鳳は私にとって、特別な日本画家になりました。
『天野屋』は、その、竹内栖鳳が、
病気療養の為、湯河原に赴き、
その後、その一角に住居と画室を構え、
制作に励み、そして、永眠した旅館でもあります。
美術館には
栖鳳の作品も展示されていました。
竹内栖鳳の絵には、
日本画でありながら、ローマの古城など、
西欧の建物や風景が描かれたものがあります。
栖鳳は1900年のパリ万博視察の為に、
訪れた西欧諸国で、コローやターナー等、西欧絵画の影響を受け、
伝統的な日本画の中に、貪欲に西欧絵画の特質を取り入れ、
新しい画風を作り上げたといわれています。
幕末に生まれ、明治〜大正を生き、
戦前に亡くなった、偉大な画家。
戦後生まれで当たり前に欧米文化の中で育った私。
横山大観や竹内栖鳳ら日本画家よりも、
ピカソやモネ、セザンヌ等、西洋画家の方を身近に感じる事が多い
環境に育った私ですが・・・。
日本が失ったもの、得たもの、守り抜いたもの、
変えたもの、新たに生み出したもの・・・。
計り知れない変化の時代を体験した、
栖鳳が我々に遺してくれたものを観てきました。