『染付』展と『チ・カ・ラ ―天空の雪―』取材記

某日、打ち合わせと取材で都心へ行ってきました。

一日目はチケットを頂いた「染付 — 世界に花咲く青のうつわ」展へ。

多様な地域・文化で愛され続けている青のうつわの歴史や魅力を味わってきました。

青花はもともと好きでしたが、今回は鍋島藩窯の色絵更紗文の魅力を知りました。

青が主にある中、紅色と緑色、黄色が繊細に響きあい、近くで見るとくっきりとした色彩とデザインが、遠くで見ると混ざり合って優しい表情となる美しいお皿がありました。

「染付 — 世界に花咲く青のうつわ」展は、出光美術館で3月24日まで開催されていました(上の写真は許可をいただいて撮影)。

次回の出光美術館の展覧会は「六古窯 ―〈和〉のやきもの」2019年4月6日(土)~6月9日(日)、こちらも、面白そうです。

美術館に入る前に、近くの皇居前広場(写真は二重橋)と日比谷公園のお隣の法務省の素敵な建物を眺め…。

夕方から、『チ・カ・ラ ―天空の雪―』の担当編集者さんと打ち合わせ。

この日は都心泊。

毎度のことながらレストランには行けずに、ルームサービスでスパゲティーセットの夜ご飯。

翌朝のホテルの窓からの眺め。

今回は珍しく虎ノ門に泊まりました。

窓からアークヒルズが見えました。

この日は、銀座4丁目交差点から銀座の中央通りを日本橋へ…。

京橋です。

京橋の明治屋と、日本橋の高島屋。

日本橋育ちの祖母の想い出の地をぐるぐるしてから…。

日本橋を行ったり来たりして、次の取材地、下町の某所へ向かいました。

東京観光のドライブコースみたいですが、『チ・カ・ラ』の舞台です。

来月も『チ・カ・ラ—天空の雪』をよろしくお願いいたします。

 


お茶のお稽古(桃の節句)

桃の節句のお茶のお稽古。

だいぶ前のことですが、アップが遅れていました。

女の子のお祭り。

幾つになっても良いものです。

昔のことを懐かしく思い出しつつ、楽しい時間でした。

1時間ほどのお稽古の後、写真を撮らせていただきました。

桃の節句はとっくに過ぎて、あっという間に、3月も4週目。

先週は「メゾン・ド・ポリス」が終わってしまいちょっぴり寂しいです。

野口五郎さんのファンなので見始めましたが、久しぶりにハマったドラマです。また、いつか「メゾン・ド・ポリス」の皆さんに会えるといいな。

そして、『チ・カ・ラ―天空の雪—』を読んでお手紙下さった皆様、ありがとうございました!


ベイビークッキー

先月は我が家にもインフルエンザが上陸し、バタバタしていて暫く日記が止まっていました。

ワクチンは打っていても安心していられませんね。

本当に流行っているようです。

皆様もお気を付けください。

写真は、赤ちゃん誕生のお祝い返しにいただいたクッキー。

すごくかわいくて、食べられずにおります。

 


お抹茶

おやつに和菓子をいただいたので、お抹茶を点てていただきました。

 

お抹茶でいただくとやっぱり和菓子は美味しいです。

ほっこりしました。

 

私もまだ、先月からの風邪の症状が残っておりますが、インフルエンザが流行っているようです。皆様もお気を付け下さい。


ジンジャーペースト

 


家族から風邪をもらってしまいました。

しばらく、病院以外は外出できておりません(涙)。

マヌカハニーを切らしていて、ジンジャーティーを…。

マヌカハニーの代用にはならないでしょうけれど、体は温まるかと…(笑)。

ハニー・バニラ・カモミールティにジンジャーペーストを入れてみましたが、この組み合わせは失敗。普通に紅茶に入れたほうが、ジンジャーペーストは美味しかったです。

オムニ7で取り寄せた「フランス人がときめいた日本の美術館」が届きました。

『テレビ番組化!』と表紙にありますが、私はBSではなく、TOKYO MXで番組をみていて、この本が欲しくなりました。

当ブログの「美的散歩」や「ブログまんが」でもご紹介させていただいてきた美術館がたくさん出ています。私が行ったことのない美術館もあって、毎週放送が楽しみです。

神田沙也加さんがナレーションの『美の巨人たち』も楽しみですし、美術関係の番組が増えて嬉しいな。

全然、美術と関係ないんですが、子供のころからファンだった野口五郎さんがご出演されている『メゾン・ド・ポリス』にもはまってしまい…。

ここ十数年程、耳の病気とともに、テレビ離れが進んでいた私ですが、風邪とともに、二つも好きな番組をつくってしまった、閉じこもりの日々です。

早く治そう。

今月も『チ・カ・ラ~天空の雪』をよろしくお願いいたします!


羽ばたく個性

都立多摩図書館にて、ACE展を見てきました。

たまたま、図書館に行ったら、開催中だったのですが、本当に楽しい展示でした。

東京都の全特別支援学校に通う子供たちの応募作品813点の中から、審査会を経て選ばれた50点の作品を、「第3回 東京都特別支援学校アートプロジェクト展」で展示していました。それぞれに個性的で、モダンな作品、美しい作品、楽しい作品があって才能豊かな生徒たちの姿を感じました。自室に飾りたいと思う絵がありました。展示の方法もスマートで、洒落たギャラリーでアーティストの絵を見ているような心地よさがありました。

「特別支援学校」という言葉を聞きなれない、ご年配の方もいらっしゃると思いますが、昔の「養護学校」に位置づけられるものといえます。私の作品『片道切符』シリーズでも、『Flower~フラワー~』でも「養護学校」が出てきますが、実は教育制度が変わったので、現在は「養護学校」はありません。「特別支援教育」が日本の障害児の教育をサポートしています。

 

『Flower~フラワー~』の連載終了後の2007年、国連の「障害者の権利に関する条約」に日本も署名(2014年に批准)したことから、日本の教育も変化を余儀なくされたようです。『平成19年4月から、「特別支援教育」が学校教育法に位置づけられ、すべての学校において障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくことになりました。』と、文部科学省のHPにはあります。

 

『Flower~フラワー~』連載開始から19年。今回の展示のスマートさに現れていたように、特別支援学校と地域との交流は着実に進んでいるように思います。一方で、地域の通常学級で学びたいという障害のある子供たちへの支援は進んでいるのでしょうか。

日本のインクルーシブ教育は「特別支援学校」からの地域へのアプローチであり、国連が謳う「障害の有無にかかわらず、地域で分け隔てなく子供を同一の場で学ばせる為の合理的な支援」を保証したものではないことから、分離教育の延長であるとする厳しい意見もあります。

 

私は、怪我をするまで、大阪で育ち、小学校、中学校共に、地域の統合教育をする学校で学びました。中学時代に、体育の授業中に(*)怪我をして車椅子ユーザーとなるのですが、その後、父の転勤で東京の学校に転校…するはずが、分離教育が基本だった東京の地元中学校への転校は、無念でしたが断られ、受け入れ先の学校が定まらないまま1年留年し、最終的に都立高校の受験資格を得るために養護学校に掛け合い、数か月間ですがお世話になりました。進学した高校は当時としては一早くバリアフリー設備を整えた普通校でした。高校時代は、私にとって最も楽しかった青春時代の思い出です。高校卒業後、進学した美大は、まだ当時はバリアフリーの設備は無く、通学での支援体制もなかったので、通信教育を選びました。通信ではありましたが、面接授業の時は大学へ通うので苦労し、また、大学側にも配慮をいただいて…と、いろいろな経験を重ねました(今は母校の美大にも、当時はなかった多目的トイレなどが整備されています)。美大でも仲間に助けられて、面接授業は楽しかったです。

葵のように普通校で学びたいと願う車椅子の子供たちを応援しています。元気に羽ばたいてほしい。

どの子供たちも、それぞれに個性があり、才能があります。「特別支援学校」で学ぶ子供も、「地域の通常学級に在籍して学びたい」と願う子供も、どちらも差別されることなく、それぞれの意思と個性に合わせた合理的配慮がなされ、どちらの子供も必要な支援が受けられることを願っています。

(*)1月11日追記


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