

6月21日生まれ/ふたご座/A型
1982年2月『ハイスクールB・G・M』でデビュー。代表作に『片道切符シリーズ』『Flower〜フラワー〜』等がある。
デビュー以来、主に「別冊マーガレット」、「デラックスマーガレット」で執筆。 現在は「コーラス」(集英社)にて『チ・カ・ラ』連載中。
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だいぶ、前の事になりますが、
「チ・カ・ラ」の取材で、鉄道発祥の地に行ってきました。
連載は終わりましたが、せっかくなので、写真をアップ。
日本の最初の鉄道は、「新橋―横浜」ですが、
その前に、「品川―横浜」間が仮営業されていました。
明治5年に鉄道が開業した当時の、
初代横浜駅は、現在の桜木町駅にあたるようです。
写真は、桜木町の広場の片隅に立っている記念碑。
(見つけるのに、ちょっと時間がかかりました。)
その後、大正4年に、東急高島町駅
(現在は廃線)付近に2代目横浜駅は移転、
(初代の横浜駅が桜木町駅となる)
「チ・カ・ラ」の時代の横浜駅はこの2代目横浜駅。
なので達道と千華羅が降り立ったのも、この駅となります。
2代目横浜駅は立派なレンガ造り。
今からは創造できませんが、明治~大正の頃は、
レンガ造りのエキゾチックな駅舎がたくさんあったようです。
ですが、大正12年の関東大震災で、この2代目横浜駅は焼失。
その後、横浜駅は現在の場所に移転したそうです。
桜木町に行かれた時は、この記念碑を探して、
ちょっこっと、タイムトリップを是非、楽しんでみてください。
今日は、午後から「セザンヌ主義」を観に美術館に行きました。
連休明けで、昨日までの混雑が嘘のように、
美術館はすいていて、静かでよかったです。
セザンヌはいわずと知れた西洋画家の巨匠。
「近代絵画の父」と呼ばれるように、キュビスムの誕生に
大きな影響を与えたとも言われる画家で、今回の展覧会は、
セザンヌの絵だけではなく、ピカソやモディリアーニ等、
セザンヌの影響を受けた画家達の絵も展示されるという内容でした。
電話交換発祥の地に行ってきました。というか、これも、たまたま遭遇。
大正時代は、電話が普及した時代。「チ・カ・ラ」にもよく出てきます。
でも、今とは違い、電話交換手が手動で繋いでくれていた時代だったんですね。
電話交換手は、女性の人気職業でもあったみたいです。
近代下水道、発祥の地に、行ってきました。
(と、いうか、取材の途中で、ひょっこり遭遇)。
横浜には、いろいろな物の発祥の地があちらこちらにあって、
気にしてないと素通りしてしまう程です。
下水道、「チ・カ・ラ」には、出てこないと思いつつ・・・。
赤煉瓦に感動して、パチリ。
当時は下水道管も煉瓦で造られていたんですね。なんだか素敵。
明治10年代の下水道管が、出土されたものが、こちら・・・。
日本橋の取材にも行って来ました。日本橋は「チ・カ・ラ」の重要な舞台。と、同時に私の祖母の思い出の地。祖母の家のあった場所は、旧南茅場町あたり。今の、茅場町や兜町あたりだそうですが、区画整理され、町名も変わったので、正確な場所は不明。でも、日本橋だけは、昔のままの面影をとどめ、祖母の記憶を思い起こさせてくれる場所でした。この橋を舞台に、「チ・カ・ラ」の物語がどのように展開するのか・・・。楽しみにしていてください。
設計は横浜赤レンガ倉庫と同じ妻木頼黄。(明治44年完成)一説によると、日本橋は水辺との関係を大事に、川面からみても美しいように設計されているそうです。今は、高速道路が上を走り、大正時代とはムードが違いますが、漫画の中で、再現した、大正時代の日本橋は・・・・
千華羅(「チ・カ・ラ」の主人公)の父が経営する新聞社は『銀座煉瓦街』にありますが、『銀座煉瓦街』は『文明開化』の香りがした街。そこで、『文明開化』の始まりの場所を訪ねてみました。
横浜にペリーが上陸したのは1854年(安政元年)。『横浜開港資料館』の中庭には大きな玉楠の木があります。この木は、まだ、横浜が半農半漁の小さな村だった頃からあるそうで、『ペリー提督・将兵の横浜上陸図』の石版画に描かれた木は、その昔の姿だと言われています。
玉楠の木は今も緑豊かで、木の生命力に感動・・・。
「チ・カ・ラ」の時代の建物探訪。
横浜市開港記念会館は、現存する、大正時代の赤レンガの建物です。
横浜を舞台に作品を描き出してから、横浜に残る古い建物が好きになり、学生時代に学んだ「近代建築の歴史」の教科書を引っ張り出して、読み返したりしていました。
なので、「チ・カ・ラ」の作品の中で古い建物を描く事ができて、とてもうれしいです。
横浜市開港記念会館は、通称「ジャック」。大正6年に創建。コンペでデザイン原案を募集。
建築様式は東京駅の赤レンガを思わせる、「辰野式」を採用しているそうです。(辰野式は赤い煉瓦に花崗岩のストライプが特徴)。
外観もいいけれど、中もとても綺麗です。今も市民が会議や講演に使っている現役の会館。
ここは、岡倉天心誕生の地でもあります。
コーラス連載中の「チ・カ・ラ」。主人公、千華羅の父が経営する新聞社は大正時代の銀座煉瓦街にあります。西洋化がすすむ明治の日本では煉瓦造りの建築物が増えていきました。そこで、その面影をのこす横浜の「赤レンガ倉庫」も取材しました。もっとも、「銀座煉瓦街」は、煉瓦の上に漆喰が塗られ、見た目は「赤」ではなく、白塗りの建物だったそうですが・・・。写真は明治末期から大正初期に作られ、現存する横浜の「赤レンガ倉庫」。昔は文字通り倉庫として使われていましたが、一度は衰退、廃墟同然のハードボイルドな雰囲気をかもし出す「赤レンガ倉庫」で撮影されたドラマや映画を30才以上の方は見たこともあるのでは・・・?、その後、「赤レンガ倉庫」は、2002年4月にレストランやショップの入った商業施設として生まれ変わり、今は「お洒落な横浜」のシンボルです。
大正時代の電話って・・・????。これまでの漫画と違って、小道具を書くのにも資料がいる『チ・カ・ラ』。でも、思わぬところに、大正時代の電話があったりするんです。まだ、漫画には登場していませんが、これは、日本初の公衆電話と同じ形のもの。もちろん、レプリカです。中を撮影した写真を見ていただくとわかるけど、こんな風に、レプリカは現在も使えるようになってます。う~ん、そこまでしなくても(?)って感じで笑えますが。今やケータイの出現で、存在自体が危うくなってきた公衆電話。でも、最初に出来た時は便利だとみんな感動したんだろうな~。
この、公衆電話のレプリカは横浜、三ツ沢球技場近くで、偶然発見。当時は「自働電話」っていったそう。他にも、横浜で・・・・・。
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