#近代建設 in 『チ・カ・ラ』③

明日から、やっと緊急事態宣言解除ですね。

まだまだ油断はできませんが、少しホッとしています。

イラストは、「横浜市開港記念会館」(通称・ジャック)です。

横浜開港50周年を記念して、1917年(大正6年)に竣工した建物です。

現在は、『横濱三塔』の一つとして、神奈川県庁(キング)、横浜税関(クイーン)の2塔と共に、横浜のシンボルとして親しまれていますが、ほかの2塔は昭和に竣工したので、大正時代は横浜市開港記念会館のみがありました。

当時の名称は「開港記念横浜会館」。

高い建物が他には少なかったので、海上からも良く見えたであろうと思います。

私の好きな近代建築のひとつです。

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#近代建築 in 『チ・カ・ラ』②

猛暑の中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

久しぶりに「#近代建築 in 『チ・カ・ラ』」の更新です。

こちらは、コミックスの1巻から登場する「警視庁」です。

現在の警視庁は霞が関にあり、皇居・桜田門前のお堀端にありますが、当時の警視庁は有楽町にあり、日比谷交差点近くのお堀端にありました。帝国劇場の隣でした(現在も帝国劇場は同じ位置)。

東京駅周辺は、本当に、異国情緒たっぷりの景色が広がっていたようです。

東京駅(丸の内側)は当時のままで(一部復原)ですが、警視庁の近隣にあった当時の司法省の建物も創建当時の姿に復原されており(現:法務省旧本館赤レンガ棟)当時の煉瓦造りの建物の面影をしのぶことができます。

法務省の写真は、こちらの以前のブログから見られます。

タイムトリップができるようになったら…、大正時代の行ってみたい場所の一つです。

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#近代建築 in『チ・カ・ラ』

あっと言う間に5月です。

ゴールデンウィークいかがお過ごしでしたでしょうか。

東京は緊急事態宣言も出ていたし、私は、仕事でステイホームでした。どこにも出かけず、アップするネタも無いのですが、久しぶりに、制作舞台裏っぽいネタを…。

『チ・カ・ラ』の中の、近代建築を順番にご紹介します。

先ずは、しょっちゅう出てくる日本橋の向こうに見える建物。

Aは「旧・帝国製麻ビル」Bは三越デパートです。

「旧・帝国製麻ビル」は辰野金吾の設計です。

残念ながら「旧・帝国製麻ビル」は今はありませんが、絵葉書にもたびたび登場し、大正時代には日本橋のランドマーク的な存在だったようです。

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⑩ 鉄道発祥の地

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だいぶ、前の事になりますが、
「チ・カ・ラ」の取材で、鉄道発祥の地に行ってきました。
連載は終わりましたが、せっかくなので、写真をアップ。

日本の最初の鉄道は、「新橋―横浜」ですが、
その前に、「品川―横浜」間が仮営業されていました。

明治5年に鉄道が開業した当時の、
初代横浜駅は、現在の桜木町駅にあたるようです。
写真は、桜木町の広場の片隅に立っている記念碑。
(見つけるのに、ちょっと時間がかかりました。)

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その後、大正4年に、東急高島町駅
(現在は廃線)付近に2代目横浜駅は移転、
(初代の横浜駅が桜木町駅となる)
「チ・カ・ラ」の時代の横浜駅はこの2代目横浜駅。
なので達道と千華羅が降り立ったのも、この駅となります。

2代目横浜駅は立派なレンガ造り。
今からは創造できませんが、明治〜大正の頃は、
レンガ造りのエキゾチックな駅舎がたくさんあったようです。

ですが、大正12年の関東大震災で、この2代目横浜駅は焼失。

その後、横浜駅は現在の場所に移転したそうです。

桜木町に行かれた時は、この記念碑を探して、
ちょっこっと、タイムトリップを是非、楽しんでみてください。


⑨ 電話交換発祥の地

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電話交換発祥の地に行ってきました。というか、これも、たまたま遭遇。

大正時代は、電話が普及した時代。「チ・カ・ラ」にもよく出てきます。
でも、今とは違い、電話交換手が手動で繋いでくれていた時代だったんですね。

電話交換手は、女性の人気職業でもあったみたいです。


⑧ 近代下水道 初めて物語

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近代下水道、発祥の地に、行ってきました。
(と、いうか、取材の途中で、ひょっこり遭遇)。

横浜には、いろいろな物の発祥の地があちらこちらにあって、
気にしてないと素通りしてしまう程です。

下水道、「チ・カ・ラ」には、出てこないと思いつつ・・・。
赤煉瓦に感動して、パチリ。
当時は下水道管も煉瓦で造られていたんですね。なんだか素敵。

明治10年代の下水道管が、出土されたものが、こちら・・・。


⑦ 東京都中央区日本橋

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日本橋の取材にも行って来ました。日本橋は「チ・カ・ラ」の重要な舞台。と、同時に私の祖母の思い出の地。祖母の家のあった場所は、旧南茅場町あたり。今の、茅場町や兜町あたりだそうですが、区画整理され、町名も変わったので、正確な場所は不明。でも、日本橋だけは、昔のままの面影をとどめ、祖母の記憶を思い起こさせてくれる場所でした。この橋を舞台に、「チ・カ・ラ」の物語がどのように展開するのか・・・。楽しみにしていてください。

設計は横浜赤レンガ倉庫と同じ妻木頼黄。(明治44年完成)一説によると、日本橋は水辺との関係を大事に、川面からみても美しいように設計されているそうです。今は、高速道路が上を走り、大正時代とはムードが違いますが、漫画の中で、再現した、大正時代の日本橋は・・・・


⑥ 文明開化 始まり物語

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千華羅(「チ・カ・ラ」の主人公)の父が経営する新聞社は『銀座煉瓦街』にありますが、『銀座煉瓦街』は『文明開化』の香りがした街。そこで、『文明開化』の始まりの場所を訪ねてみました。

横浜にペリーが上陸したのは1854年(安政元年)。『横浜開港資料館』の中庭には大きな玉楠の木があります。この木は、まだ、横浜が半農半漁の小さな村だった頃からあるそうで、『ペリー提督・将兵の横浜上陸図』の石版画に描かれた木は、その昔の姿だと言われています。

玉楠の木は今も緑豊かで、木の生命力に感動・・・。


⑤ 横浜市開港記念会館

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「チ・カ・ラ」の時代の建物探訪。

横浜市開港記念会館は、現存する、大正時代の赤レンガの建物です。

横浜を舞台に作品を描き出してから、横浜に残る古い建物が好きになり、学生時代に学んだ「近代建築の歴史」の教科書を引っ張り出して、読み返したりしていました。

なので、「チ・カ・ラ」の作品の中で古い建物を描く事ができて、とてもうれしいです。

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横浜市開港記念会館は、通称「ジャック」。大正6年に創建。コンペでデザイン原案を募集。

建築様式は東京駅の赤レンガを思わせる、「辰野式」を採用しているそうです。(辰野式は赤い煉瓦に花崗岩のストライプが特徴)。

外観もいいけれど、中もとても綺麗です。今も市民が会議や講演に使っている現役の会館。

ここは、岡倉天心誕生の地でもあります。


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